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あなたも「千の風」になる?~散骨のすすめ

 



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 相続&葬儀・墓地のぶっちゃけ話   08 

遺影と花
死んだら、自然に還りたい。
おそらくそれが、生きものである人間の
ごく自然な望みではないか――と思います。
しかし、土葬がほとんど行われない日本では、
還る方法がありません。
もし、あるとすれば――。




 「私のお墓の前で泣かないでください」と歌った『千の風になって』という歌がありました。秋川雅史が歌って大ヒットしましたから、まだ、みなさんの記憶にも新しいかと思います。参考までに、こんな曲でした。(→You Tubeより)

 ここからが、今回のテーマ。
 この歌の詩の作者は、なぜ、「泣かないでください」と言っているのか?
 それを追求してみたいと思うのです。
 詩が語っているのは、「そこに私はいない。眠ってなんかいない」から――です。
 では、どこにいるのか?
 「千の風」になって、「大きな空を吹きわたっている」と言うのです。

 原詩とされるのは、アメリカ人女性メアリー・フライが書いた『 Do not stand at my grave and weep(私のお墓に立って泣かないで)』という詩。これを日本語の歌詞として訳詞したのは、作詞作曲家の新井満氏です。

ふくろう
「千の風になって」は、「散骨賛歌」かもしれない

 詩ですから、いろんな解釈の仕方があると思いますが、筆者は、ひと目(というか、ひと聞き)で、「これは風葬の歌だ」と直観しました。
 「風葬」とは、本来は、遺体を自然の風化にまかせる葬い方ことを言うのですが、人間の数がこれだけ増えた地球上でそれをやっていたら、地表はいたるところ、腐敗した遺体だらけ――という状態になってしまいます。
 ちなみに計算してみると、こんな数字になりました。

地球には、何人埋葬できるか?

世界の陸地面積―――149億ヘクタール
内・人間が利用可能な陸地面積―――131億ヘクタール(88%)
内・農耕、牧畜、森林として利用されている面積―――87.8億ヘクタール
その他工業・商業等の活動に利用されている面積―――3億ヘクタール
人間が居住するために使える陸地面積―――40.2億ヘクタール
人間1人当たりが生活のために使える陸地面積(2050年予測)
―――4467㎡(66.8m×66.8m)
内・住宅用敷地面積(世界平均)―――約270㎡
人間1人あたり埋葬用面積―――約2㎡
人間1人当たり居住可能陸地面積への埋葬可能人数―――約2098人

 人間の寿命は、世界平均で約70歳ですから、70年に1人埋葬されるとして、14万6860年後には、地球の居住可能陸地は、埋葬または放置した人間の遺体で満杯ということになってしまいます。
 すべて「風葬」とした場合には、地上は人間の骨だらけになってしまう計算。埋葬した場合にも、墓地で満杯になってしまいます。
 これを避ける方法は、「遺骨の粉砕」しかありません。粉砕して「灰」にした遺骨を、土に還してあげるか、海に流してあげるか、「風」に吹かせてしまうしかない。つまり、「散骨」です。
 『千の風になって』は、「風葬」の進化した形としての「散骨」を歌い上げた曲と言ってもいいのではないか――と、筆者は思うのです。

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テーマ : 葬儀と墓地のぶっちゃけ話
ジャンル : ライフ

「明日でいいこと」は、今日するな!


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 晩年の哲学   10 

哲学先生 
心静かに「晩年」過ごそうとするとき、
それを妨げるものに「後悔」があります。
「これもやらなかった、あれもやらなかった」
そんな後悔を眠りに就かせるには、
「ねばならない」から自由になる必要があります。




 「今日」をやさしく終わりにしようとするときに、立ち現れる「後悔」という魔物。
 このシリーズの第6回『天国には連れていけない「イヤな自分」の眠らせ方』では、「イヤな自分」という後悔の話をしましたが、「後悔」には、もうひとつ、やっかいなヤツがいます。
 それは、「あれも、これも、やらなかった」という後悔です。
 この「やり残したこと」が気になり始めると、なかなか眠ることができなくなります。
 筆者などは、ガバッとはね起きて、「やっぱり、やっとくか」と机に向かったりするのですが、しかし、もう寝ようか――という状態から仕事に向かっても、大した仕事はできません。ただ、いたずらに脳が疲れるだけです。

 なぜ、「やり残したこと」があると、眠れなくなるのか?
 ひとつには、「性分」があろうかと思います。「貧乏性」という性分です。
 「これだけやったんだから十分」と考えるのではなく、「もっとやれるはずなのに、これだけしかやらなかったなぁ」と考えてしまう性質で、これも筆者は、「悲観主義」の一種だと思っています。
 この「悲観」を生んでしまうのは、「××すべきである」というものの考え方ではないか――と、筆者はニラんでいるのですが、さて、この考え方はどこから出てくるのか?

男アイコン1
「貧乏性」が「今日」を息苦しくする

 かつて、筆者が学んだ英語の構文に、こういうのがありました。

  Don’t put off till tomorrow what you can do today.

 おそらく、中学校の英語の教科書に出てくるおなじみの構文だと思うのですが、直訳すると、こういう意味です。

 「今日できることを、明日に伸ばすことなかれ!」

 筆者・長住も、どちらかというと、そんなふうに考えるタイプでした。
 楽観主義者のくせに、「なすべきこと」に関しては貧乏性で、「今日できること」どころか、「明日でいいこと」も、「2日後でいいこと」も、「今日のうちにすませておこう」と考えてしまうような性質を持っていたんですね。
 ところが、こういう性質を「おまえ、それ、止めたほうがいいよ」と忠告してくれた人がいました。

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テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

「青」でSTOP、「赤」でGOになるボクの脳





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 ボケモンGO!   01 

ボケじいさん
みなさんは、自分の脳を信じてますか?
実は、私は、
あんまり信用してないんですね。
というのも、脳は、
たまにエラーを起こすからなんです。
それも、とんでもない場所で。
最近も、こんなことがありました。




 よし、突っ切ろう――と思ってペダルを踏み込んだとたんに、目の前の信号が変わった。
 チッと舌打ちして、左のブレーキハンドルを握りしめる。
 キーッと大きな音がして、横断歩道で信号待ちしていた善良な面立ちの通行人たちが、一斉に私の愛車(←チャリです)に目を向ける。

 驚かしちゃった? ごめんなさい。

 そう思って目を伏せ気味にしている私を、なおも市民たちは、ジロジロと見ている。
 そりゃ、驚かせちまったのはわるかったけどさ――と、私は思う。
 そんなにジロジロ見ることはないだろう。
 信号が変わっちまったんだからさぁ、青に。

 エッ、青……?

 そこで初めて、私は気づいたのです。
 私が見ていたのは、正面の信号であり、しかも、その信号は「青」に変わったんだ。つまり、「GO」だったんだ。なのに、急ブレーキをかけて止まってしまったので、周囲の人たちは奇異な目で私を見たのに違いない――と。

ふくろう
脳は、ときどきエラーを起こす

 私のその体験は、実は、脳のエラーだったのだ――と、後になって気づきました。
 と言っても、青と赤を間違えたわけではありません。ある状況下では、「青はSTOPであり、赤はGOである」と私の脳は記憶しているのですが、その「ある状況下」を、私はしばしば忘れてしまうのですね。
 どういうことか、ご説明しましょう。

 私は、かなりせっかちな性格です。いつも、少しでも早く動き出せるようにと、脳をスタンバイさせています。
 信号待ちをしているときの私の脳は、こういう作業をしています。
 横の信号が「黄色」に変わったらペダルに足をかけて、「赤」に変わったとたんに踏み出せるように、筋肉に指令を出しておこう――とするわけです。
 見ているのは、「正面」の信号ではなく、「」の信号。この状況では、「赤はGO、青はSTOP」なのですね。
 ところが、脳は、しばしば忘れてしまうのです。
 自分がいま見ているのは、「正面」の信号であって、「横」の信号ではない――ということをです。
 しかし、これは、きわめて危険なエラーです。

 よし、赤だ、GO!

 勢いよくペダルを踏み込んだ私の愛車が、横から突進してきたダンプカーに「ブォッ、ブオーン!」と、思い切りクラクションを鳴らされたこともありました。
 あわや、クラッシュ!

 自転車で信号無視のボケモン、
 ダンプに轢かれ、ミンチに!


 などと報じられてしまうところでした。

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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

人生結婚2回説。「年齢差20」の壁を越えて





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 灰になるまで恋シチュー   01 

手と手
かつて大真面目に、
「人生結婚2回説」なるチン説を
唱えた学者がいました。
ただし、この先生の学説、実行するには、
ひとつだけ条件があります。
それは、「年齢差20以上」の恋。
その理由は――




 このチンなる説を唱えたのは、林髞(はやし たかし)という先生。もう50年近く前に亡くなられた偉大な大脳生理学者にして、「木々高太郎」のペンネームで推理作家としても活躍された御仁。『頭のよくなる本』というベスト・セラーをお書きになったことでも知られています。
 で、この多彩なる大脳学者が提唱したのが、《人生結婚2回説》
 かいつまんで言うと、この学説(?)は、こういうこと。

 男は、50~60歳になったら、20~30代の若い女性と結婚する。
 その女性が、50~60歳になる頃には、
 亭主はたいていくたばっているだろうから、
 今度は女性が、20~30歳年下の若い男と結婚して、その成長を見守る。


 こうすれば、みんな人生で2回ずつ結婚できて、ハッピー。国力も維持できるじゃないか――とおっしゃったんですね、林先生は。「国力を維持」ウンヌンに関しては、支配人・長住は、反論すべき材料も、賛同すべき材料も持ち合わせておりませんので、コメントいたしません。「みんな、ハッピー」に関しては、「さもありなん……」と納得できる部分があります。
 そして、ここが肝心。
 「少子高齢化」が問題視されるいまとなってみれば、このチン説にも「一考の価値あり」とも思えてくるのです。

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永遠に循環する「人生結婚2回」のサイクル

 林先生の学説をわかりやすく図にしてみると、こうなります。

人生結婚2回説図

 図からもわかるように、ここには、4種のパーソナリティが登場します。

・20~30歳年上の男性と結ばれる20~30代の若い女性
・20~30歳年上の女性と結ばれる20~30代の若い男性
・20~30歳年下の女性と結ばれる50~60代のシニア男性
・20~30歳年下の男性と結ばれる50~60代のシニア女性

 「人生結婚2回説」が、ハッピーなシステムとして運用されるためには、上記A~Dの各層がすべて「ハッピー」と感じる必要があります。
 のみなさんが満足されるであろうことは、何となく想像がつきます。問題は、20~30歳年上の男性または女性を「結婚相手」として選ぶ、「若い女性」や「若い男性」がいるのか――という疑問です。
 こういう奇特な男女が、社会的にある程度の量、存在しないことには、そもそも前提となる「年齢差20~30の結婚」そのものが成り立ちません。
 しかし、みなさん。これが、案外捨てたもんじゃない。世の中全体の傾向として、「年齢差婚」は、確実に増えています。しかも、男性が年上の女性と結ばれる率が、かつてとは比べ物にならないくらいに増えているのです。
 それには、理由があります。

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テーマ : ★歳の差、飛び越えようよっ★
ジャンル : 恋愛

戒める神、赦す神、得する神。信じるのは、どの神?





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 晩年の哲学   09 

哲学先生
「神」や「仏」には、3タイプあります。
ひとつは、厳しく戒める神・仏、
ひとつは、すべてを赦す神・仏、
そして、もうひとつは、何やら得する神・仏。
あなたは、どの神仏を信じますか?




 みなさんは、「」とか「」を信じていますか?
 「信じる」という言い方は、おかしいかもしれませんね。
 「信じる」と言うと、「神」や「仏」が、人間の「信じる」という行為によって発見される、ということになってしまいます。「神」や「仏」にとっては、たいへん失礼な話だろう――と、私は思います。
 人間が信じようが、信じまいが、お参りしようが、しまいが、時・場所かまわず、ずっとそこに存在する。
 それでこそ、「神」であり、「仏」である――と、わたくし・長住は確信しています。
 もし、あなたの周りに、「おまえは信心が足りないから、そういう目に遭うんだ」などと口にする人間がいたら、間違いありません。そういう人間は、詐欺師の一味であり、そういう人間があなたに薦める「神」や「仏」は、あなたを騙そうとして造り上げられた「まがい物」に違いありません。

 ということを、まず頭に入れた上で、今回は、その「神」「仏」の話をしてみようと思うわけです。
 そんなもの興味がないという人もいるかもしれません。そういう人は、どうぞ、エロいゲームでもやって、一発、屁をこいて、白川夜船しちゃってください。
 でも、そうではない人には、まず申し上げておきたいことがあります。
 「神」にも、「仏」にも、いろんなタイプがいる――ということをです。
 厳密に言うと、「いろんなタイプがいる」のではなく、「神」や「仏」を語る語り方に、いろんな流儀がある、ということです。
 大きく分けると、その流儀には、3つのタイプがあります。

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厳しく戒律を守らせる「戒める神」

 まず、第一のタイプ。
 それは、「戒める神」または「戒める仏」です。
 「あれをしてはいけない」「これをしてはいけない」と人間の行動や欲望を戒め、それを守らないと救われないゾ――と諭す厳しい神や仏です。
 これらの戒めは、「戒律」として、各宗派ごとにまとめられていますが、その内容は、宗派によって微妙に違っています。

酒もダメ、タバコもダメ――と戒める宗派もあります(イスラム教など)。
結婚もダメ、恋愛もダメ――と戒める宗派もあります(一部の仏教など)。
食べてはいけないものが厳密に定められている宗派もあります(ユダヤ教イスラム教一部の仏教など)。

 宗派による違いはありますが、天国に迎えられたり、成仏したり、往生したりするためには、厳しい戒めを守らなくてはなりません。つまり、こうした宗教の世界では、救われるためには、人間の側の努力が求められるわけです。
 努力して戒めを守った人間だけが救われることから、仏教の世界では、こういう戒律を持った宗派を「自力本願」と呼び、その努力ができるエリートの宗派ということで「聖道門(しょうどうもん)」と呼んだりもします。
 戒律を守るのには、それなりの精神力が求められます。
 それが達成できたときには、すがすがしい気持ちになれますし、精神的に一段高いステージに立てたような気にもなれます。
 しかし、逆の場合もあります。
 戒律を守れなかった、あるいは求められている修行が達成できなかった――となると、「やっぱり、自分はダメな人間だ」と落ち込んだり、自分を否定する気分になったりする人も、いるかもしれません。
 「戒める神や仏」は、厳しく自分を律したいという人には、常にその存在を気にかけていなくてはならない厳しい神であり、仏であり、そのぶん、「日常の心の張り」ともなる存在ですが、挫折感や罪悪感を抱えた人は、余計に苦しみを抱え込むことになるかもしれません。

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テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

「フォークダンス」は、なぜ、すたれてしまったのか?





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 昭和は遠くになっちゃった…?   03 

読書する爺ちゃん まだ、男女が手をつなぐことさえ
ためらわれていた時代、
それは、突然のように学校にやって来ました。
男女が輪になって、手をとり合って踊る「フォークダンス」。
しかし、その「フォークダンス」は、いまや人気凋落。
主流は「ヒップホップ」なんだそうです。




 「フォークダンス」と言ったとき、真っ先に頭に浮かぶのは、どんなダンスでしょう?
 「マイムマイム」という人もいるかもしれませんが、支配人・長住の場合は、断然、「オクラホマミキサー」でした。「オクラホマミキサー」というのはダンス名で、曲名としては、『藁の中の七面鳥』です。
 最近、この曲、CMで使われてヒットしましたよね。auのCM「春のトビラ。みんながみんな英雄」篇で、AIが替え歌にして歌っていました。
 こんな感じで。――You Tubeより



 私が初めてこの曲・ダンスと出会ったのは、小学校5年生のときでした。昭和32年(1957年)の話です。

ふくろう
突然、授業をつぶして始まった「オクラホマミキサー」

 それまで、こむずかしい顔で国語の授業をしていた教師が、突然、言い出したのです。
 「よし、授業終わり。みんな、机ば後ろに寄せろ」
 教室の前半分が、たちまち広場に変わります。教師は、生徒を男子と女子に分け、男子を内側に1列の円形に、女子を外側にやはり1列の円形に並ばせ、そして、教壇にポータブルの電蓄を置いて、一枚のレコードに針を落としました。まだ、78回転が使われていた時代です。
 流れ始めた「オクラホマミキサー」の曲。教師は、「おい、ミチコ!」と女子生徒のひとりを呼んで、模範の振り付けを見せ、私たちは見様見真似で、輪になって踊り始めました。
 みなさん、覚えていらっしゃるでしょうか?
 このダンスの特徴は、1セツトの振り付けを踊り終えると、次々にパートナーが変わっていくパートナー・チェンジのやり方にあります。外側の列の女子が、前から順にひとりずつ下がって来て、後ろの男子とパートナーになるのです。
 そのドキドキ感をいまでも私は覚えています。自分の好きな子は、列の5人前か6人前にいる。その順番が、ひとりまたひとりと近づいてくる。そして……ついに彼女と手をつなぎ合った瞬間、未熟な私は、体がガチガチに固まってしまい、動きもぎこちなくなりました。そんな私をまるでリードするように、軽やかにステップを踏んでくれた彼女は、いまでも、心のマドンナであり続けています。
 おそらく、当時を生きた人たちには、そんな思い出のひとつやふたつは残っているのではないか――と思います。

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テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

「遺骨」って、ほんとうに必要ですか?

 



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 葬儀と墓地のぶっちゃけ話   07 

遺影と花 遺骨、要らない――と、
受け取りを拒否する人たちが
増えているのだそうです。
墓地がない、持つ意思もないとなれば、
遺骨を引き取っても、処理に困るだけ。
ほんとうに骨は必要なのか?
日本人の精神は、
いま、大きな曲がり角に直面しています。




 日本社会は、急速に「無縁社会」化しつつあります。
 だれかが亡くなっても、その遺体を引き取る人間がいない。いても、経済的理由などで引き取ることができない。そんなケースが、けっして珍しくなくなっています。
 そうして、だれも引き取り手がいない遺体は、「無縁死」として市町村などの手で火葬され、「無縁墓」などに埋葬されます。こうして「無縁仏」となる死者が、毎年3万2000人にも上るのだそうです。
 仮に身内のだれかがなくなった場合、それが「同居の親族」であった場合には、その事実を届け出ずに放置してしまうと、刑法190条の「死体遺棄罪」に問われてしまいます。
 戸籍法86条、87条には、次のように定められています。

第八六条 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知つた日から七日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知つた日から三箇月以内)に、これをしなければならない。
2 届書には、次の事項を記載し、診断書又は検案書を添附しなければならない。
 一 死亡の年月日時分及び場所
 二 その他法務省令で定める事項

ここに記された「届出義務者」については、以下のように定められています。

第八七条 左の者は、その順序に従つて、死亡の届出をしなければならない。但し、順序にかかわらず届出をすることができる。
 第一 同居の親族
 第二 その他の同居者
 第三 家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人
2 死亡の届出は、同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、補助人及び任意後見人も、これをすることができる。

 戸籍法が定めているのは「届け出の義務」だけです。
 その後、遺体を引き取って埋葬または火葬する義務までは定められていません。
 というのも、「火葬」にするだけで、東京都の場合だと、5万円強の費用がかかってしまいます。それだけじゃありません。火葬場までどうやって遺体を運ぶか――という問題が発生します。
 遺体は、通常、棺などに入れて運搬しますが、小型の自家用車などでは入りきれない場合もあり、そうなると、葬祭業者などに運搬を依頼することになります。火葬をすませるだけで葬儀などを行わないという葬儀を、葬祭業者では「直葬」と呼んでいますが、この方法だと、最低でも8万円ほど、高いところだと22万円ほど要求される場合もあります。
 そんな費用もない――となると、遺体の引き取りまたはその処理を拒むこともできます。
 その場合には、死亡地の市町村長がそれを行うことが、「墓地埋葬法」に次のように定められています。

第九条  死体の埋葬又は火葬を行う者がないとき又は判明しないときは、死亡地の市町村長が、これを行わなければならない。
2 前項の規定により埋葬又は火葬を行つたときは、その費用に関しては、行旅病人及び行旅死亡人取扱法(明治三十二年法律第九十三号)の規定を準用する。

 ただし、この場合でも、火葬などにかかった費用は、後日、相続人などが請求されることになります。

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テーマ : 葬儀と墓地のぶっちゃけ話
ジャンル : ライフ

「若い人」と仲よくなるための、3つの原則

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 「晩友」&「コミュニティ」   07 

砂丘のふたり
「若い人」と話をするのは苦手。
あなたはそんなふうに感じてはいませんか?
しかし、それでは、シニアは、ジジババだけで
寄り添って生きていくしかなくなります。
異世代との交流が得意な人とそうでない人。
その違いを生むのは、たった3つの原則です。




 「最近の若いやつらは」
 「最近の若い人たちって」
 もしかしたらあなたは、こんな言葉を口にしたり、頭の中でつぶやいたりしたことがあるのではないでしょうか?
 しかし、こういう言葉を口にしたり、つぶやいたりしている限り、若い人たちとの「多世代間交流」は、むずかしいかもしれません。
 何かにつけて「最近の……」と言い出す人たちは、心の底に「オレたち(私たち)が若かった頃は」という言葉を秘めています。その後に続く言葉は、世代によってさまざまでしょう。
 もちろん、思想・信条によっても、その言葉は違っているだろうと思いますが、ごく平均的には、こういうところではないか――というのをまとめてみました(以下は、男性の言葉としてつぶやいていますが、おそらく、女性の場合も大して変わらないだろうと思います)。

【現在85歳以上の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・オレたちは、みな、お国のために命を捧げる気でいたんだ。
・女は、操を守って男に尽くし、家を守る。それが女の仕事だった。
【現在72~85歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・子どもの頃は、みんな、イモを食ってガマンしたんだ。いまのやつらはぜいたくすぎる。
・戦後は、仕事命、会社命でガンバった。そのお陰でいまの繁栄があるんだゾ。
【現在65~72歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・厳しい競争を勝ち抜いてきたからなぁ。なにしろ、人数が多かったから(団塊)。
・オレたちの時代には、自分の意見はしっかり主張したもんさ。たとえ上とぶつかっても。
・フォークも、ロックも、プロレスも、コミックも、みんな、オレたちの時代の産物さ。
【現在55~65歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・社会? そんなきれいごとには背を向けてたね。シラけまくってたから。
・この世の中、結果がすべて。オレたちはそうして自分を磨いてきたんだ。

 しかし、こういう「オレたち(私たち)が若かった頃は……」を、いまの「若い人たち」にまともにぶつけても、「時代が違うから」と退けられるか、敬遠されてしまうのがオチだろう――と、私は思います。
 では、どうすればいいのか?
 今回は、そんな話をしてみようかと思います。

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「老いゆく日々」は、「願う」よりも「祈って」過ごす

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 晩年の哲学   08 

哲学先生 「晩年」とは、
願っても叶えられることが少なくなる日々です。
それでも願い続けていると、
叶わない願いに不満だけが募っていきます。
私は、祈ります。ただ、
過ぎ行く日々が、平穏でありますように――と。





 愛は願いではなく、
 愛は祈りのようだね


 ひと昔前、「いいちこ」のコマーシャルで流されたこのフレーズ、頭にこびりついている人も多いのではないかと思います。ビリー・バンバンの曲で、『愛は祈りのようだね』とタイトルがついています。
 エッ、どんな曲だっけ――ですか?
 参考までに、こんな曲でした。――You Tubeより



 歌詞の「愛は願いではなく……」の前に、「愛しても愛しても 愛しつくせやしない」とあるのですが、これが、「愛が《願い》ではなく《祈り》のようだ」の理由となっているように聞こえます。
 ところで、この曲を聴いた人の中には、こう思った人もいるのではないか、と思います。

 エッ、「願い」と「祈り」……?
 どこが違うっていうの?


 違うんですねェ、これが――という話を、今回はしてみようと思います。そして、この違いを悟ることが、心豊かに老後を過ごすためには大切。そんな話をしてみようかと思います。

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テーマ : 生き方
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