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「晩年」って、ほんとは、いつからでしょうか?

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 晩年の哲学   01 

哲学先生
いつからが「晩年」か?
本サイトのタイトルでもありますゆえ、
これは、ハッキリさせておかねばなりません。
しかし、実はこれには、正解がないのです。




 辞書を引くと、「晩年」には、こんな意味が記されています。

 一生の終わりの頃の時期。――【三省堂『大辞林』】
 一生のおわりの時期。死に近い時期。年老いたとき。――【岩波書店『広辞苑』】

 ちなみに英語にすると、

 One’s last years →(人の最後の時期)
 One’s declining years →(人の衰退期)
 One’s closing years →(おしまいの時期)

 当clubのマスターである長住としては、どれもピンときません。
 「晩年」こそ、それまでの社会的責務や世のしがらみから自由になって、自分らしい人生を悠々自適に楽しむ「第二の青春」だ――と考えて、「Oh! 晩年club」を創設したのですから、「おわり」だの「死に近い」だの「衰退」だのと言われたんじゃ、「ジョーダンじゃない」と、言いたくなってしまいます。
 どこかに、納得のできる定義はないか?
 というわけで探してみました。

男アイコン1
古代インド人が考えた「人生4時期の区分」とは?

 インドの古代バラモン教の法典である『マヌ法典』の中に、《四住期》という考え方が出てきます。人生を4つの時期に区分する考え方なのですが、その4区分とは――

学生期(がくしょうき)――幼年期から青年期までの学びの時期。
家住期(かじゅうき)――仕事に就き、家族を形成し、経済的・社会的に活動する時期。
林棲期(りんせいき)――仕事を退き、家を子どもに譲り、山に入って精神を養う時期。いわゆる、「隠居」の時期でもある。
遊行期(ゆぎょうき)――巡礼して徳を積み、死に備える時期。

 この区分で言うと、「隠居」の時期とされている「林棲期」以降を「晩年」とするのが妥当であるように思えます。
 「隠居」というのは、会社や役所などの公的な場所に出仕して社会的に活動することから身を退く――ということを意味します。「社会的活動」からは退きますが、個人的な活動を停止するわけではありません。
 そこからは「老いの精神を楽しみなさい」と、『マヌ法典』は説いているんですね。

 会社員や公務員であれば、「定年」という制度が設けられています。「林棲」とは、「定年を迎えること」と、時期的にも、意味的にも重なっているように見えます。
 実際、日本では、この「定年」を機に、都会から田舎へ移住して、それまではできなかった自分の趣味に没頭したり、静かに野菜を育てたり……という生活を始める人たちが、増えているようにも見えます。
 Oh! 「林棲」じゃん――と、筆者は思います。
 しかし、そうはしない人たちもいます。「いやいや、まだ隠居なんかしてられない」と、再び、社会で活動できる場所を求めて、再就職活動などに精を出している人もいます。
 「定年」をどう受け止めるかは、個人個人の人生観や価値観によっても違ってくる、ということでしょう。

男アイコン1
定年」は、はたして「晩年」の始まりなのでしょうか?

 そもそも、その「定年」そのものが、時代とともに移り変わっています。
 筆者がまだ青年であった1970年代までは、企業の定年は、「55歳」というのが一般的でした。それが、「60歳」に引き上げられ、2012年には、「改正高年齢者雇用安定法」によって、「65歳」を定年とすることが定められました。
 しかし、「60歳定年」が「65歳定年」に引き上げられたのは、「高齢者をもっと活用しなさい」なんぞという思し召しからではありません。実は、年金の支給開始年齢を60歳から65歳へと遅らせる決定が先にあって、そうなると60歳~65歳の期間が無収入になってしまう。それじゃまずかろう――というので、あわてて「定年」も引き上げた、というのが実情でした。
 明治以前には「定年制」などというものは存在しませんでしたが、ある年齢に達すると「隠居」を本人が決断したり、周囲が勧めたりしていたようです。その「ある年齢」というのが、平安時代ぐらいまでは、だいたい70歳ぐらい。しかし、武家の時代になると、50歳ぐらいが一般的となったようです。
 このことは何を物語っているでしょう?

 体力を必要とする厳しい仕事に従事する人たちにとっては、
 現役を退く「隠居」の時期が早くなり、
 体力よりも経験や知恵がモノを言う仕事に従事する人たちは、
 その時期が遅くなる傾向がある。


 ということです。
 ちなみに、日本のように、仕事に「定年制」を設けている国は、世界的に見ると、けっして多数派とは言えません。アメリカなどにはそもそも「定年制」がなく、就職にあたって求職者に年齢を尋ねることさえも、禁じられています。
 日本も早く、その域に達していただきたいと、筆者は願っているのですがね――。

男アイコン1
「晩年」は、「喪失」なのか、「解放」なのか?

 晩年の話に戻りましょう。
 おそらく、会社員や公務員として青年期~壮年期を過ごした人の多くは、この「定年」をもって「晩年の始まり」を意識することが多いのではないかと思います。
 確かに、社会的立場やその立場に伴う責任などを喪失するわけですから、「ああ、もう晩年だなぁ」と、気持ちまで黄昏(たそがれ)てしまう人がいることも、わからないではありません。
 しかし、前にも申し上げたように、「これでやっと自由になれた」と、第二の人生に意欲を燃やす人も少なくありません。
 「定年」を「喪失」と受け取るか、「解放」と受け取るか――それによって、「晩年」の過ごし方は、ガラリと変わってしまいます。
 それを決めるのは、ひとりひとりの気の持ちようだったり、人生をどう考えるかという人生観や思想の問題だったりします。
 組織に属さない自営業者やフリーランスの場合も、これは同様でしょう。
 あなたは、どんな「晩年」を送ることになるか?
 次回は、あなたのメンタル面から、そのタイプを見極めてみようかと思います。

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テーマ : 生き方
ジャンル : ライフ

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Re: No title

和巳さま

コメントありがとうございます。
和巳さんの怒り、ごもっともだと思います。

> それが逆説的に、ご利用者さんの生活リズムを保ち、ご利用者さんのご健康を保つことになるのだと・・・。

これって、戦前の軍隊の理屈そのままですね。

「服や靴を体に合わせるんじゃない。
(支給された)服と靴に体を合わせるんだ」

戦前の軍隊は、そう言って、国民を「改造」しようとしました。
優先するのは、お上のご都合。
「福祉」をそんな感覚で進められてもねェ――と、
私も思います。
「納得できない」和巳さんの感覚のほうが、
正論だと思いますよ。

哲雄

No title

こんにちは。和巳です。


「『(トイレ)今行ったばかりじゃない』、って言われるのが一番辛くてね・・・」

そんな言葉をある利用者さん(女性)から聞きました。

トイレ、即ち、生理現象を我慢させるなんて言語道断。絶対許せない。
言葉によるストレス、プレッシャーって耐えがたい。
何度だってお手伝いさせて頂く。

そのために私たち介護職員がいるんだろ?



言葉、荒くなってしまい、申し訳ありません・・・。

施設では、多くのご利用者さんがいるため、スケジュールが常に押してしまいます。
時間時間と、常に時間内に済ませること(業務スケジュール)を強く指導されます。

それが逆説的に、ご利用者さんの生活リズムを保ち、ご利用者さんのご健康を保つことになるのだと・・・。


・・・。

何か、どこか、納得できない自分がいるんですよね・・・。

Re: No title

和巳さま

すばらしいコメントをありがとうございます。
介護利用者を「お年寄り」とは感じない――というのは、
和巳さんが、どんな場合にも、人間として人間と接するというスタンスを
お持ちだからだと思います。
その点では、私も同感です。
人をその「年齢」や「位」で判断して、
階層でものを言ったり、接してしまうという人がけっこう多いのですが、
私は、そういう人間観があまり好きではありません。
和巳さんが高齢者を「お年寄り」と感じないのと同様、
私も若い人を「子ども」だとか「ガキ」だとかは、感じたことがありません。
よかったです、そういう人が介護の仕事についておられて――。
これからも、お仕事をガンバってください。

哲雄

No title

こんにちは。和巳です。

どこへコメントしていいのか分からなかったのでこちらで失礼いたします。

私はまだ始めたばかりですが、介護職員です。


働いていて、いろいろとご利用者さんと接するわけですが、
不思議と、ご利用者さんを、いわゆる”お年寄り”とは思えないんですよね。

年齢を含め、ちょっと体の自由が利かない、言うなれば、そんな個性の男性(あるいは女性)、という感じです。
認知症の方に対しても、そういう個性の男性(あるいは女性)という感じなんですよね。

その心において、
自分とそんなに年齢の差を感じることがないんですよね。
俳句とか拝見すると、ああ素晴らしいな、と思います。
(体力とか筋力とかは確かに違いはあるのですが・・・)


ただ、いずれにしても、人生の大先輩。
私はご利用者さんの笑顔が大好きですが、そんな中にも、敬意を忘れず、接していきたいと思っております。
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