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「若い人」と仲よくなるための、3つの原則

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 「晩友」&「コミュニティ」   07 

砂丘のふたり
「若い人」と話をするのは苦手。
あなたはそんなふうに感じてはいませんか?
しかし、それでは、シニアは、ジジババだけで
寄り添って生きていくしかなくなります。
異世代との交流が得意な人とそうでない人。
その違いを生むのは、たった3つの原則です。




 「最近の若いやつらは」
 「最近の若い人たちって」
 もしかしたらあなたは、こんな言葉を口にしたり、頭の中でつぶやいたりしたことがあるのではないでしょうか?
 しかし、こういう言葉を口にしたり、つぶやいたりしている限り、若い人たちとの「多世代間交流」は、むずかしいかもしれません。
 何かにつけて「最近の……」と言い出す人たちは、心の底に「オレたち(私たち)が若かった頃は」という言葉を秘めています。その後に続く言葉は、世代によってさまざまでしょう。
 もちろん、思想・信条によっても、その言葉は違っているだろうと思いますが、ごく平均的には、こういうところではないか――というのをまとめてみました(以下は、男性の言葉としてつぶやいていますが、おそらく、女性の場合も大して変わらないだろうと思います)。

【現在85歳以上の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・オレたちは、みな、お国のために命を捧げる気でいたんだ。
・女は、操を守って男に尽くし、家を守る。それが女の仕事だった。
【現在72~85歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・子どもの頃は、みんな、イモを食ってガマンしたんだ。いまのやつらはぜいたくすぎる。
・戦後は、仕事命、会社命でガンバった。そのお陰でいまの繁栄があるんだゾ。
【現在65~72歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・厳しい競争を勝ち抜いてきたからなぁ。なにしろ、人数が多かったから(団塊)。
・オレたちの時代には、自分の意見はしっかり主張したもんさ。たとえ上とぶつかっても。
・フォークも、ロックも、プロレスも、コミックも、みんな、オレたちの時代の産物さ。
【現在55~65歳の人たちの「オレたちが若かった頃は……」】
・社会? そんなきれいごとには背を向けてたね。シラけまくってたから。
・この世の中、結果がすべて。オレたちはそうして自分を磨いてきたんだ。

 しかし、こういう「オレたち(私たち)が若かった頃は……」を、いまの「若い人たち」にまともにぶつけても、「時代が違うから」と退けられるか、敬遠されてしまうのがオチだろう――と、私は思います。
 では、どうすればいいのか?
 今回は、そんな話をしてみようかと思います。

カラス 原則1 
「時代」は比べても、「価値」を比較してはいけない

 「時代」を比較することは、一向にかまわない――と、不肖・長住は考えます。
 「昔はこうだったんだよ」を「ネタ」として提供する分には、だれも困りません。話の内容によっては、「ヘェ、そうだったんだ」と、面白がって聞いてもらえるかもしれません。
 私も、青少年時代には、親子ぐらい歳の離れたおとなたちから、「昔の話(私の世代だと、戦争中の話とか)」を、「ヘェ」「ホォ」と目を輝かせて聞いたものです。そして、そこから何かを学んだりもしたものでした。
 しかし、みなさん、どうか、ここだけは間違えないでください。昔の話から何をどう学ぶか、あるいはまったく何も学ばないか、それを決定するのは、聞き手である若者自身なのです。
 そこを間違えて、私たちはしばしば、誤謬をおかしてしまいます。

 昔は、〇〇だった。
 だから、昔はよかった。
 今はダメだ。


 単なる「昔の話」ではなく、「昔の話」に「価値観」をプラスして話してしまっているのです。こんな話し方をすると、聞き手からは「反発」しか返ってこないかもしれません。「昔は……」というネタではなく、「価値観」を押し付けられたと感じてしまうからです。

オレたちの学生時代? 授業なんてまともに受けたのは、1~2年生のときだけだったかなぁ。3年になると、集会だ、デモだ、挙句の果ては、全学バリケード封鎖だ――ってなってさ。授業より、政治に夢中になってたもんなぁ。お陰で専門知識、ほとんどなし。問題意識だけは育ったから、議論はうまいんだけどね。

 こういう話し方なら、「時代」を語っているだけなので、「反発」されることも、「敬遠」されることもなく、逆に、「それでよく単位取れましたね?」などとツッコまれ、また話が広がっていくかもしれません。しかし、これが――

その頃の学生は、みんな、政治や社会に問題意識を持ってて、熱い議論を闘わせてたもんだよ。学生だったら、もっと社会に目を向けなくちゃ。ポケモンなんかに熱中してる場合じゃないだろう。人生はゲームじゃないんだからさぁ。

 こんな言い方だと、聞いている若者たちの中には、「ナニ言ってるの、このおっさん」と反発する人もいるかもしれません。「反発」してくれればまだいいほうで、「うるさいから」と「無視」されてしまうことのほうが多いだろうと思われます。
 こういう話し方をする人は、「ネタ」ではなく、「価値」を押し付けてしまっているからです。これでは、異世代間の交流は成立しません。

カラス 原則2 
「価値」には「優劣」をつけず、「共通項」を探せ

 しかし――と思う人もいるかもしれません。
 「価値」をぶつけ合わずに交わす会話なんて、ただの「おしゃべり」じゃないか。そんなのは、交流とは言えないんじゃないか?
 おっしゃるとおりです。そんな「おしゃべり」をいくら続けても、ほんとうに世代を超えた交流ができたとは言えないだろう――と、私も思います。一方的に自分の世代の「価値」のほうが優れていると押し付けるのは、マナー的にもいかがなものかと思いますが、「価値」をすり合わせようという意思を見せることは、交流を「ただのおしゃべり」以上のものに深めるためには、欠かせない要素だと私も思うのです。
 別に、「異世代」に限った話ではありません。「異文化」であろうと、「異性」であろうと、人と人が言葉を交わす最終的な目的は、自分の持っている「価値」と相手が持っている「価値」をすり合わせることによって、何かを得ることだろうと思います。
 その「何か」とは、主には、次の2つです。

 第1の目的  相手が「敵」か「味方」かを識別する。
 第2の目的  自分の「価値」に修正を加え、さらに高次元の「価値」を獲得する。

 どちらの目的にとっても重要になるのが、「共通性の発見」です。
 高齢者と若者にも、何かしら「共通しているもの」があるかもしれません。たとえばそれは、単に「無類のラーメン好き」「スイーツが好き」などという嗜好の共通性かもしれないし、「昔は、高校球児だった」「バンドをやってた」などという共通体験かもしれない。
 いやいや、そんな些細な共通性ではなくて、もしかしたらそれは、「〇〇川を浄化しよう」とか「地域の保育コミュニティを作ろう」という地域社会とのかかわり方の共通性かもしれないし、もっとでかく、「世界から核をなくそう」とか「脱原発しよう」という政治的なスタンスの共通性かもしれない。
 最終的には、「競争原理を貫くべし」とか「分配の公平さが大事」という社会思想の共通性や、「神を信じる」「いや、そんなものは信じない」という宇宙観や哲学の共通性かもしれません。

 どういうステージ(=意識の階層)の「共通性」を重視するかは、人それぞれだと思いますが、大事なのは「共通するもの」を確認するということです。それさえ確認できたら、どんなに年齢が離れていようが、話は通じる――と、私は確信しています。

カラス 原則3 
戦略は打ち立てよ! しかし、方法は若い人に学べ!

 問題は、ここからです。
 「共通性」が確認できた人間同士であれば、老若男女の壁なんて簡単に乗り越えられる――と、思うかもしれませんが、そう簡単な話ではないのですね。
 目標や理想は共通している。しかし――という壁が立ちはだかることがよくあるのです。特にその壁が「世代のギャップ」として立ち現れるとしたら、それは、「方法の違い」をめぐるギャップです。
 たとえば、「この街に保育園が必要だ!」というオピニオンで、あなたが若い人たちと意気投合したとします。あなたはそれを、ビラ配りや街頭の署名活動などで広く地域住民に呼びかけ、行政に直接、訴えかけようと主張。しかし、若い人たちは、そんなのは泥臭いと主張し、もっとネットやメールを活用して呼びかけ、企業の力も利用して誘致活動を展開してはどうか――と主張します。
 実は、こういう方法論の違いが、異世代間の協力関係をギクシャクしたものにしてしまう。最後には、「あの人たちのやり方じゃダメだ」となって、せっかくの異世代協力が崩れてしまう、というケースを、私は何度か、この目で見てきました。
 もったいない話です。
 社会的な活動であろうと、家庭内や趣味などのサークルでの個人的な活動であろうと同じなのですが、若い人たちと交流しようというときに、私が原則にしていることがあります。それは、

 戦略(目標や理想)については、
 大いに知恵と経験を語るべし!
 しかし、方法については、若い人に学べ!


 です。
 ものの考え方や、理想とする社会や人間関係のあり方については、長く経験を積んできたわれわれシニアには、自慢じゃないが、「一日の長」がある。しかし、いまの時代に通用する具体的なやり方(戦術)については、われわれはすでに時代遅れである。そこは、若い人たちに素直に学ぼうよ――というわけです。
 若い人たちと何かをコラボするときには、この原則を貫くことが肝要――と、私は思うのですが、みなさんはいかがでしょうか?

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