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「罪人」「悪人」のほうが救われる~イエスと親鸞の教え〈1〉

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 晩年の哲学   11 

哲学先生
「善人」よりも「悪人」や「罪人」のほうが救われやすい。
そんな教えを説いた賢人がいます。
西のイエスに、東の親鸞。
その教えるところは、実に、よく似ています。
その主張を比較してみました――。




 たとえば、あなたに2人の子どもがいたとしましょう。
 ひとりは、勉強もよくできて、行儀もよく、行いも正しく、いつも先生からホメられるようなデキのいい子だとします。その子は、「きょう、テストで100点取ったよ」「きょうは先生にホメられたよ」「ボクね、みんなに頼られてるんだよ。今度のグループ研究でも班長に選ばれちゃった」などと、学校での出来事を自慢するようにあなたに報告し、「いい子だねェ」「よくやったね」と、おホメの言葉をあなたからも得ようとします。
 もうひとりの子は、そんなにデキのいい子ではありません。勉強もそれほどできるほうではなく、何か失敗をしては叱られるということもしょっちゅう。ときには、友だちとケンカになったりして、泣きながら帰って来ることもあります。こちらの子は、そうした外での出来事を、自分からあなたに報告しようとはしません。「何かあったの?」と訊いても、「ボクがいけないんだ」などと肩を落とします。
 もし、あなただったら、どちらの子の「力になってあげよう」と思うでしょう?
 人それぞれだろうとは思いますが、たいていの場合、「親」であるあなたとしては、後者、「あまりデキがいいとは言えない子」のほうではないでしょうか。
 もちろん、「デキのわるい子」が、「ほっとけよ。いちいちうっせェんだよ」などと逆ギレしたり、「わるいこと」を「わるい」と思わないようなタイプの子だったら、そうは思わないかもしれません。
 ポイントは、後者の子どもが「ボクがいけないんだ」と、自分の非に気づいて落ち込んだ様子を見せているところ。子どものこういうとろを見ると、親なら、「今度、気をつければいいじゃない。くよくよしないで元気を出しなさい。私たちはあなたの味方だからね」と、なぐさめ、励まそうとするに違いありません。
 この「親」の立場を、「」や「」に置き換え、「子ども」の立場を「あなた自身」に置き換えれば、今回の話はわかりやすいか――と思います。

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「戒律」を持つ宗派と持たない宗派

 このシリーズの第9回目で、「戒める神、赦す神、得する神」という話をしました。
 世界の宗教の教えの中には、厳しい戒律を守った者だけが救われるとする教えと、信じれば救われるとする教えがある。「アブラハム」系の宗教で言えば、「ユダヤ教」「イスラム教」は前者、「キリスト教」は後者。仏教で言えば、タイやミャンマーの「上座部仏教」や日本の「天台宗」「真言宗」「禅宗」のように戒律を持つ宗派は前者、「浄土宗」「浄土真宗」「日蓮宗」のように戒律を持たない宗派は後者である。
 そういう話をさせていただいたわけですが、「戒律を守れば」ではなく、「信じれば救われる」と説いた代表的な思想家が、西のイエス(イエス・キリスト)、東の親鸞です。
 ふたりを「思想家」とすることには、異論もあろうかと思います。特に、イエスを「神の子」とするキリスト教の世界では、「思想家? とんでもない」という声もあろうかと思うのですが、「リベラル」をもって任じる筆者としては、ここでは、あえてふたりを「思想家」として取り扱いたいと思います。

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律法によっては救われない「罪人」たちを救うために

ナザレの位置 歴史的な人物としてのイエスは、紀元前7~4年頃、現在のイスラエル北部、ガリラヤ地方の「ナザレ」(右図)で、大工・ヨセフと母マリアの子として生まれたとされています。母マリアは、処女のまま、イエスを懐胎したとされていますが、これは、おそらく後世の加筆だろうと思われます。
 青年期のイエスは、当時、イスラエルで支配的な地位を占めていたサドカイ派パリサイ派に抗して、独自の宣教活動を行っていたバプテスマ(洗礼)のヨハネとともに活動していました。
 サドカイ派やパリサイ派というのは、ひと言で言うと「律法主義者」です。「モーセの十戒」に始まったとされるユダヤの律法は、この頃、すでに613項目にも及ぶ戒律を定めており、サドカイ派やパリサイ派は、人々がそれらの律法を守っているか守っていないかを監視し、裁定する権利と立場を持ったエリート集団でした。
 やがてやって来る「終末」の時には、律法を遵守し、清く正しい生活を送った人たちだけが「神の国」に迎え入れられ、守れなかった人たちは「神の国」から排斥されると主張して、貧困や病苦などのために律法を守れない人たちがいると、そういう人たちを差別し、蔑む――という態度をとっていました。
イエスとヨハネ 洗礼者ヨハネたちのグループは、そうした「律法主義者」たちを批判し、世俗から離れた禁欲生活共同体のようなものを形成して、洗礼活動を行っていました。青年イエスは、そのヨハネの洗礼を受け(右図)、最初のうちは、この洗礼グループと行動を共にしていましたが、やがてグループとは袂を分かち、むしろ、世俗の中に飛び込んでいきます。
 イエスが飛び込んでいった「世俗」とは、律法主義者たちによって「不浄の者」とされた身体障害者や皮膚病患者、娼婦や嫌われ者の取税人などの世界でした。自分たちは律法を守って清く正しく生きている――と誇らしげに語る律法主義者たちから、蔑まれ、差別されている「弱者」の世界、と言ってもいいかと思います。

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「罪人」を招くために来た人、イエス

 イエスは、そういう「弱者」たちの世界に下りて行って言うのです。

 わたしがきたのは、義人を招くためではなく、
 罪人(つみびと)を招くためである。

 (マタイによる福音書第9章第13節)

 ここで言う「義人」とは、「自分は清く正しく生きている」と誇らしげに語る律法主義者たち、「罪人」とは、その律法学者たちから蔑まれ、差別されている「律法によっては救われない」人たちでした。
 そしてイエスは、こうも言います。

 丈夫な人には医者はいらない。
 いるのは、病人である。

 (マタイによる福音書第9章第12節)

 富んでいる者が神の国にはいるよりは、
 らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい。

 (マタイによる福音書第19章第24節)

 世俗的幸福に満たされている人間は、「神の国」に迎え入れられることがむずかしい。「永遠の命」を得たいと思うのなら、それを捨てなさい――と、イエスは説いたわけですね。

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「善人」でさえ往生するのだから……という有名な言葉

 イエスが「罪人」こそ救われる――と説いてから1000年以上経った1173年、極東の地・日本で誕生したのが、浄土真宗の宗祖とされる親鸞です。
 親鸞は、下級貴族・日野有範の子として生まれ、9歳のときには比叡山に登って、『愚管抄』の著者として知られる慈円に師事し、出家します。しかし、叡山での身分は堂僧。いわば雑役係でした。
 満たされない親鸞は、29歳で山を下りて「念仏教団」に身を投じ、そこで生涯の師・法然と出会います。「ただ念仏して弥陀にたすけられまひらすべし」という師の教えを受けた親鸞は、「たとえ、法然聖人にだまされて、念仏して地獄に落ちたとしても、後悔はしない」と、その言行録『歎異抄』の中で、師弟の信頼関係を語っています。
 しかし、既成仏教のエリート主義に異を唱える「念仏教団」は、既成仏教と結びついた朝廷の弾圧を受け、法然は75歳で四国へ、親鸞は35歳で越後へ流罪となり、それがふたりの永遠の別れとなりました。
親鸞 越後に流された親鸞(図右)は、そこで貧しさゆえに仏法に耳を傾ける余裕さえない人々の生活に触れ、自らもそういう生活に身を置きながら、そうした衆生にも平等に開かれた「念仏の教え」が必要である――と、強く胸に刻むことになります。
 5年後、許されて流罪を解かれた親鸞は、師・法然の死を知らされ、妻子を伴って東国へ向かいます。各地を回って念仏を布教した後、現在の茨城県に庵を構えて、主著『教行信証』を著します。
 その教えの根幹は、みなさんご存じの「悪人正機」説です。

 善人なおもて往生をとぐ いはんや悪人をや

 善人でさえ往生できるんだから、悪人が往生できないわけがない、という意味です。
 ふつうに考えたら、逆じゃないか――と思う人もいるかもしれません。
 しかし、親鸞は言うのです。

 そのゆへは、自力作善のひとは、
 ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。


 「自力作善のひと」とは、「自分の力で善行を積んで往生できると思っている人」という意味。そういう人は、阿弥陀如来の慈悲にすがろうという気持ちがないから、衆生を救おうという阿弥陀如来の本願にはそわない――というのです。
 親鸞は、自らを「煩悩具足」の「凡夫」である、と語っています。「どんな行も及び難き身」で、「いし、かわら、つぶてのごとくなるわれらなり」とまで、自分を卑下して見せます。
 親鸞は、こうも言います。

 人は、自分の心がいいから、人を殺さないのではない。
 殺さないつもりであっても、百人、千人の人を殺すこともある。
 人間とは、そういう罪深い存在なのである。


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「救ってください」と願う必要もない

 親鸞には、そういう「原罪観」にも似た人間への洞察がありました。
 どんなに「自分は正しい」と「善人」を主張しようと、その底には、人を恨んだり、ときには「殺したい」と思ったりする煩悩が潜んでいる。しかし、阿弥陀如来は、そういう「善人」でさえ救ってくださろうとするのだから、「ああ、自分は煩悩だらけのわるい人間だ」と自覚している「悪人」を救ってくださらないわけがないではないか。
 親鸞は、そう説いているのだと思います。
 そういう阿弥陀如来の慈悲を信じて「念仏申そう」と思い立っただけで、如来の慈悲の心にからめとられて、往生が定まる。親鸞は、そう語っています。

 信心の心定まるとき往生また定まるなり。

 親鸞の師である法然は、「生けらば念仏の行を積み、死なば浄土に参りなん」と説きましたが、そこにはまだ、「念仏の行を積めば」という「自力」の要素が含まれていました。親鸞は、「念仏」を唱えようという心そのものも、阿弥陀如来のはたらきかけによって起こるのである。「南無阿弥陀仏」は、その感謝の気持ちから自然に口をついて出るのだ――と説きました。
 「念仏」を「行」としてとらえた師・法然の教えをさらに発展させ、徹底的な「他力本願」の世界を確立した。それが、親鸞という思想家のすごいところだ――と、筆者・長住は考えます。

                 

 どうでしょう?
 西のイエスと東の親鸞、どこか似ていると思いませんか?
 私は、ものすごく似ていると思います。
 どこが似ていて、どこが少し違うのか?――次回、もう一度、そのあたりを整理してみたいと思います。

支配人の近著です

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