「アナログ人間」vs「デジタル人間」。どこが違う?





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 昭和は遠くになっちゃった…?   05 

読書する爺ちゃん
昭和と平成を比べたとき、
もっとも大きく変わったと思われるのは、
アナログからデジタルへの変化でしょう。
昭和のアナログオヤジは、いまだに、
デジタルに違和感を感じています。




 いまさらですが、「デジタル」とは何か?――という話から。
 実は、これについては、世間には誤った解釈が広がっているように思えます。

 「デジタル」とは、「0」か「1」かの二進法で表された情報の集積で、
 複雑な情報を表したり、伝達したりする方法である。


 そう思っている人が多いだろうと思います。ショージキに申し上げると、筆者もかつてはそう思っていました。
 しかし、正確に言うと、それは、デジタル式のコンピュータが情報を処理したり演算したりするときに用いる方式のことであって、本来の意味は、そうではないようです。

 「デジタル」とは、データを表すのに、
 0、1、2、3……などの離散した整数値で表す方法。


 これが本来の「デジタル」の意味。
 対照的に使われるのが、「アナログ」という言葉で、こちらは、

 データを連続する量的な変化として表す方法のこと。

 と言っていいかと思います。
 両者のもっとも大きな違いは、「デジタル」は「中間値」を表すことができず、「アナログ」はそれを表現できる――ということでしょう。この違いを表す例として、「階段」と「スロープ」の違いを挙げることができるかと思います。
 ご存じのように、「階段」は、上った距離を「1段」「2段」……と整数値で表し、「1.1段」とか「2.6段」という表し方はできません。一方、「スロープ」は、「3分の1ぐらい上った」とか「半分ぐらい上った」という言い方はしますが、上った距離を整数化して表現することはしません。
 量的変化を表すのに使われる「デジタル」と「アナログ」という、この方式の変化は、私たちの生活をどう変えたのでしょうか?

ふくろう
「残り時間」の計算ができない……?

 「アナログ」から「デジタル」へ。私たちの日常生活でその変化がもっとも早く進んだのは、時計の世界でしょう。「アナログ」の時計では、時刻は長針・短針・秒針の3本の針の動きと角度で、図形的かつ連続的に把握することができます。対する「デジタル」の時計では、時刻は「13:48」のように、整数の数字で表現されます。
 長針と短針で時刻を見ていた筆者などは、「何だ、アナログかよ」とバカにされたりしたものです。ところが――です。
 そこへ、「15:30」に待ち合わせ、という約束が舞い込んできたとします。「アナログ」時計を使用する筆者は、針の位置から「あと、1時間と40分ぐらいだな」と、図形的かつ直観的に把握することができますが、「デジタル」時計の持ち主は、「15:30-13:48」という計算を頭の中でやらないと、残り時間の計算ができません。ざっと計算するためにも、「15:48-13:48=2時間」という計算をしたのちに、「2時間-18分=1時間42分」という解を導き出す――というふうに、手間がかかります。

ふくろう
「雑味」が感じられないCDの音

 時計に続いて、私たちの生活にすごい勢いで飛び込んできた「デジタル」商品は、CDでしょう。
 レコードからCDへ。その変化は急速で、年号が「昭和」から「平成」へと変わる1989年の3年前、1986年には、CDの販売数がLPの販売数を上回る――という、エポックメイキングなできごとが起こりました。
 音楽は、ステレオコンポで聴く、を習慣にしていた筆者は、それでも、そのステレオに合うCDプレーヤーが登場するまでは、レコードにこだわり続けました。やっと、レコードからCDに切り替えたのは、その10年後。すでにレコードの所有枚数は1000枚を超えていました。
 CDとレコード、聴き比べて感じたのは、「なんてクリアな音なんだ」ということ。何よりも違うのは、レコードだと必ず入る針の走行から生じるノイズが、CDだと発生しないということでした。
 ただ、CDには欠点もありました。ちょっとしたほこりとか傷とかノイズで、聴こうとしたCDの再生がまったくスタートしなかったりする。おそらくこれは、CDに限らず、デジタル製品全般に共通する欠点と言っていいかもしれません。
 せっかく録画予約していたDVDレコーダーが、途中で雷のノイズが入ったために、まったく録画できていなかった――なんてことも、私は度々、経験しました。
 携帯電話も、デジタル化されてからは、通話が途中で、突然、切れるということが、よく起こりました。電波があるレベル以下になると、突然、「0」と判断されて、回線がシャットダウンされてしまうのです。
 CDで感じたもうひとつの欠点は、音が整理されすぎているということです。料理で言うところの「雑味」のようなものが感じられないような気がするのです。これは、「デジタル処理」の弱点と言えるかもしれません。最初に申し上げたように、「二進法のデジタル処理」では、情報を「0」か「1」かの信号に単純化してしまうので、「1.1」は「1」に単純化され、「0.2」は「0」に単純化されてしまいます。
 そこに物足りなさを感じて、最近は、「アナログ」なレコードに魅力を感じる人たちが増えているとも聞きます。

ふくろう
「アナログ人間」vs「デジタル人間」

 「アナログ」と「デジタル」の技術的比較については、専門的になりすぎますので、これくらいにしておきましょう。
 問題はここから。
 よく、私たち「昭和の人間」は、「アナログ人間」と言われます。逆に、筆者のような「昭和オヤジ」は、いまどきの若い人たちを指して「デジタル人間」と評することもあります。
 どちらの言い方にも、科学的根拠(?)は、まったくありません。根拠はありませんが、「アナログ人間」「デジタル人間」と言うとき、それぞれがどういうことを言おうとしているかは、おおよそ見当がつきます。ざっとまとめてみましょう。

「デジタル人間」が思う、「アナログ人間」とはこんな人間
・「時代遅れ」な人間である。←いまさら言うな。
・経験やカンに頼ってモノを言うところがある。
・パソコンなどの情報機器の扱いが苦手または不慣れである。←忘れるな! 仕事に最初にパソコンを持ち込んだのは、われわれだ。
・いまだに「そろばん」を使って計算している。←これは完全な誤解。というより、「そろばん」は「デジタル」式の計算機なので、もしほんとうに使っていれば、その人は立派な「デジタル人間」である。
・やたら打ち合わせが好き。メールですむことでも、いちいち「会って話をしよう」と言い出す面倒臭い人間である。
・話が長く、理屈が多い。
・やたら、「協調性」とか「チームワーク」を強調するところがある。
・いまだに「紙の新聞」や「紙の本」を読んでいる。
・チャンネルを「回す」という言い方をする。
・先輩とわかった途端に口のきき方が乱暴になる。

「アナログ人間」が思う、「デジタル人間」とはこんな人間
・人とコミュニケーションをとるのが苦手な引きこもり型人間である。
・話がブツ切れで、脈絡に欠ける。
・寛容力に欠け、考え方に幅がなく、何かあるとすぐキレる短絡型の人間である。
・交渉力、説得力のない「好きか嫌いか」型の人間である。
・時間さえあればゲームばかりやっているおタクである。
・目の前にいる人間にさえメールで用件を伝えようとするメール依存型人間である。
・人の感情に鈍感な無感動人間である。そもそも、人にホレたことがあるのか、疑問…。
・いろんなことに興味を示し、知識も豊富だが、体系化ができてない。
・独創力のない、マニュアル人間である。
・本を読まない、映画を見ない、音楽を聴かない。そもそもこいつら、文字が書けるのか?

 ま、どっちもどっちの言い分ではあるなぁ――と思いますが、当たらずといえども遠からずな部分もあるようです。
 これらの違いをもたらすのは、「アナログ」と「デジタル」のいちばんの違い=「中間値」や「あいまい領域」をどう処理するか――ではないかと思えます。
 昭和オヤジな筆者としては、やはり、「中間値」は大事にしたい。なにしろ、「アナログ」ですから。

支配人の近著です


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おっしゃるとおり

和巳さま

コメントありがとうございます。
「ネイチャー」であるとは、基本的には、
「アナログ」ということだと思います。

私も「自然であること」を旨として、
あるがままに生きようと思っている
「アナログ人間」です。
目で見ることを、耳で聞くことを、
あるがままの寸法で受け取る「アナログ的」という生き方を
私は、これからも大事にしていこうと思います。

おたがい、ガンバりましょう。

哲雄

No title

興味深い記事ですね。
また、やり取りもおもしろいです♪

恐縮ですが、ちょっとだけ便乗させて下さいませ。


私はアナログ・・・、と言うより、もっと、、、
何と申しましょうか、ネイチャーとでも言いましょうか。
自然人間ですね(笑)

人も自然界の一動物、その一種。
どんなに科学・デジタル化が発達しようと、自然の摂理からは逃れらず、
むしろ、自然の摂理の下、生きるべきだと思うんですよね。

人もまた自然の一部。
この大自然に生まれ、そしてこの大自然に還っていく。
そんな存在であるはずだと思ってます。

時代が変わり、科学が発達しても、変わるのはファッションのみ。
人間の本質はいつの時代でも変わらないと思います。


・・・記事・テーマから逸れちゃいました。すみません。
ジェネレーションギャップがテーマですものね。この記事は。

ともあれ、先生の記事、楽しく読ませて頂きました♪


それでは!

Re: No title

神田ももたろう

コメントありがとうございます。
頂戴したコメントにお答えしておきます。

> ただ、今回のタイトルにもあるようなデ
> ジタルVSアナログの内容は、かなり的外
> れで主観が入っているように思います。

ハイ、「主観」入ってます。
というか、主観しか入っていません。
文中で、このように申し上げたつもりですが、
ご理解いただけなかったようですね。

《よく、私たち「昭和の人間」は、「アナログ人間」と言われます。
逆に、筆者のような「昭和オヤジ」は、
いまどきの若い人たちを指して「デジタル人間」と評することもあります。
どちらの言い方にも、科学的根拠(?)は、まったくありません。
根拠はありませんが、「アナログ人間」「デジタル人間」と言うとき、
それぞれがどういうことを言おうとしているかは、おおよそ見当がつきます。ざっとまとめてみましょう。》

「科学的根拠はまったくない」は、
「まったく客観性はない」をシャレて言っているだけです。
以下の囲み内に挙げた
《「デジタル人間」が思う、「アナログ人間」とはこんな人間》も、
《「アナログ人間」が思う、「デジタル人間」とは、こんな人間》も、
「アナログ人間」「デジタル人間」などと口にする人たちは、
こんなことを言いたいらしいゾ――と、俗説をまとめただけのコラムです。
客観的でもなければ、私の主観でさえありません。
その文脈的目的は、
「ヘェ、そんなふうに考えるやつがいるんだ」と、
あきれたり、笑ったりしていただくことにあります。
そこを「的外れ」と指摘していただいたももたろうさんの反応は、
ある意味、期待通りの反応でもあります。
ありがとうございました。

No title

>・やたら打ち合わせが好き。メールですむことでも、
>いちいち「会って話をしよう」と言い出す面倒臭い人間である。

少し前やっていたドラマ「エイジハラス
メント」で、似たようなことをやってい
ました。メールでのみ連絡する現代っ子
の新入社員に対して、直接会って連絡し
てこい、という人のつながりを大事にす
る昭和気質の上司・・・と。

ただ、今回のタイトルにもあるようなデ
ジタルVSアナログの内容は、かなり的外
れで主観が入っているように思います。

デジタルでも時間の残り時間の計算なん
て出来ますし、アナログ時計だってそん
なすぐに出来ませんよ。あと何分?って
聞かれたら、結局は脳内でデジタルな数
値に変換してるわけですしね。そして、
これが一番重要なのですが…

そんなこと凄くどうでもいいことだと思いませんか?


>・人とコミュニケーションをとるのが苦手な引きこもり型人間である。

本来の意味のデジタルとは全くの無関係
では? それ以外の項目もあまりにも的
外れすぎです。

昭和の人間はこうだ、現代っ子はこれだ
から・・・という言い方はすれど、これ
らに対してデジタル人間、アナログ人間
と呼ばないと思うのです。

そもそも、こういったデジタルな人間、
アナログな人間という発想、概念すら
現代の子達にはおそらく無いでしょうね。


いろいろ書きましたが、私はブログを
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ですので、ご理解願います。
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