「次にすること」「さっきしたこと」を忘れてしまう





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 ボケモンGO!   03 

ボケじいさん
あれ!? 次に何をするんだっけ?
さっき何をしていたんだっけ?
こういうことを記憶しておく力は、
「作業記憶」と言われます。
悲しいことではありますが、
その能力は、加齢とともに、
どんどん衰えていきます。
何か、防ぐ方法はあるのでしょうか?




 支配人は、これまでの人生の半分以上を、「自分のメシは自分で作る」をモットーに生きてきました。
 自慢じゃないけど、手慣れたものです。
 しかし、ここへ来て、その手慣れたはずの作業に、やや不安を感じるようになりました。その不安は、たとえば、こんな場面で顔を出してきます。

  あれ、この肉、もう塩を振ってあったんだっけ?
  あれ、オレ、何で鍋を火にかけたんだっけ? 何をするつもりだった?
  肉を炒める前に、何かしようと思ったことあったよな。何だっけ?

 こういうことでハタ……と手が止まってしまうことが、最近、少なくない。これって、そろそろボケてきたってことか?――と思ったりもするのですが、どうも、それともちょっと違うような気がします。
 確かに「脳力」は、若いときほどではない。しかし、ものを考えたり、分析したり、判断したりする「脳力」は、しっかりキープできている――という自負はある。
 では、何が衰えているのか?
 私がもっとも衰えつつあるなぁと自覚しているのは、「作業記憶=ワーキングメモリー」です。「作業記憶」というのは、作業を進めるために、脳の中に一時的に記憶される「短期記憶」のことです。

ふくろう
加齢とともに衰える「作業記憶」

 たとえば、あなたが「(3×4)+(4×6)」という計算を、暗算で行おうとしているとしましょう。こういうとき、私たちは脳の中で、こんな作業をします。
 まず、「3×4」という計算を行い、その結果「12」をいったん脳の中に記憶します。次に「4×6」という計算をして、その結果「24」も同様に脳の中に記憶します。
 このとき記憶した「12」や「24」は、計算結果を得るために一時的に脳の中に格納されただけの記憶なので、「12+24=36」という計算作業が完了した時点で、きれいに消去されてしまいます。
 ところが――です。加齢が進むと、この「一時記憶」されたはずのメモリーが、まだ計算途中だというのに、どっかへいっちゃうんですね。

  オーイ、さっき計算した「?」はどこ行った~?

 というわけです。これ、困るんですよねェ。
 私の場合、いちばん困るのは、文章を書くときです。私は、正確な記事を書くために、よくネットで調べものをします。たとえば、「湾岸戦争が起こったのは何年だっけ?」なんてことを調べるのにネットを検索して、「そうか、1991年だったか」とそれを「一時記憶」のフォルダーにしまったり、「あのCMに出ている女優、何て言うんだ?」とネットで調べて、「そうか、中条あやみっていうんだ」と確認し、それをやはり「一時記憶」のフォルダーに保存したりします。
 調べるのは、「年代」などの「数値」や「人の名前」だったりすることが多いのですが、これがかなりヤバい。「なるほどね」とネットを閉じて、いざ、文章の続きを書こうとすると、いま調べたばかりのはずの「数値」や「人名」が、頭の中から消えてしまっていることが多いのです。「待てよ、19……何年だっけ?」「中条……あれ、下の名前は何だっけ?」と、再びネットを検索し直すことも度々です。
 これも、「作業記憶=ワーキングメモリー」。こういう一時記憶をロストする率は、加齢とともに多くなったような気がします。

ふくろう
衰えていく「記憶力」は、回復できるのか?

 「作業記憶」は、あらゆる記憶の中でもっとも弱いと言われている記憶です。
 通常、人間の記憶は、大脳のいちばん奥深いところにある「海馬」という組織に一定期間保存されて、「長期記憶」と「短期記憶」にふるい分けられます。記憶が「海馬」に留まる時間は、途中で「復習」という上書きを加えた場合で、最大1カ月程度とされています。
 しかし、「作業記憶」は、最近の研究によると、この「海馬」を経由することなく、「音韻ループ」という回路を使って、頭頂葉の後部に一時保存されることがわかっています。
 実は、この記憶のルートが、加齢とともに衰えてくるらしいんですね。そして、こうも言われています。「作業記憶の衰え」は、非可逆的に進行する。つまり、衰える一方で、若返ることはあり得ない――というわけです。
 中には、「いや、作業記憶もトレーニングすれば強化できる」と主張して、「脳トレ・グッズ」を売ろうとしている脳学者もいますが、私は、あまり信用していません。
 「作業記憶」が衰えていくのは、人間の宿命として仕方のないことだと、私は甘んじて受け止めるようにしています。ただし、その進行は、生活習慣によっては、いくぶんかは遅らせることができるかもしれない――とは思っています。

ふくろう
衰える記憶力を補うには、「復唱」するといい

 大事なのは、衰えていく脳を嘆くことではなく、衰えを認めた上で、その衰えをカバーする方法を考えることではないかと、筆者は思います。
 私が、最近、意識して実践しているのは、次の2つの方法です。

 〈1〉数字や名前を忘れてしまうのであれば、調べた時点ですぐにメモをとる。
 〈2〉覚えようとした内容を口に出して「復唱」する。


 〈1〉の「メモをとる」は、いまさら言うまでもないことですが、〈2〉の「復唱」は、私自身が「意外に効果あるなぁ」と実感している方法でもあります。
 たとえば、初めて会った人の名前を覚えるときのことを考えてみましょう。
 あなたが相手から「マエダアツコと申します」と自己紹介を受けたとします。
 これを、ただ耳から聞いただけでは、「マエダアツコ」という名前は、あなたの脳の中にほんの一瞬しかとどまることができません。次に現れた人から、「私は〇〇と申します」と名乗られたときには、その前に聞いた「マエダアツコ」は、きれいさっぱり、忘却の彼方に葬り去られてしまいます。
 しかし、このとき、

  ヘェ、マエダアツコさんっておっしゃるんですか?

 と、口に出して「復唱」しただけで、その名前を忘れる確率は、格段に低くなります。
 「復唱」という行為は、一種の「復習」と考えられます。「復習」によって反復された記憶は、脳の中にとどまる時間が格段に長くなる。これは、これまでの数々の実験によって確かめられてきた心理学的真理でもあります。
 しかし、「復唱」の効果はそれだけではありません。口に出して復唱するために、私たちは、脳の中の言葉を発話するための部位、「運動性言語野」や「運動野」を動員します。ただ、一時的に記憶しておくためだった「人の名前」という記憶は、それらの大脳の部位とネットワークされることによって、記憶として強化されると考えられています。
 どうせ「復唱」するのだったら、私だったら、さらに余計なひと言を付け加えます。

  マエダアツコさんておっしゃるんですか? もしかして、あの前田敦子と同じ字?
  ハイ。ちっとも似てないって、ブゥブゥ言われるんですけどね。
  いやいや、あちらの前田敦子さんより、かわいいですよ。

 こういう会話を交わすことで、「マエダアツコ」という記憶には、「エピソード」が加わります。単なる「一時記憶」として使い捨てになるはずだった「マエダアツコ」という「無意味綴り」にストーリーが加わり、それは、「エピソード記憶」という「長期記憶」となって、長期間、保存されることになります。
 記憶の「エピソード化」ということについては、いずれ、機会を改めてお話しますが、私はこういう方法を「記憶補助」のメソッドとして活用することによって、衰えていく一方の「作業記憶」を補うように心がけています。
 よかったら、ぜひ、お試しください。

支配人の近著です


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