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「もう一度会いたい」と思える人がいる幸せ





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 灰になるまで恋シチュー   04 

手と手
生きているうちに、もう一度、会いたい。
あなたには、そう思える人が、
だれかいるでしょうか?
そういう人とは、何としても再会する機会を作って
かつての想いをよみがえらせるべきなのでしょうか?
それともそれは、
思い出の中に封印しておくべき?




 もちろん、ここで言う「だれか」というのは、「異性の」ということです。
 正直に申し上げると、支配人・長住にはいます。ひとり……いや、ふたり、もしかしたら3~4人ぐらいはいるかもしれません。
 それは、どういう女たちか――というと、元・カノだったり、心許せる異性の友だちだったり、かつての部下であったり、想いを寄せたものの実らなかった片思いの相手だったりするわけですが、そういう女性たちともう一度会って、どうにかなりたいなんぞと思っているわけではありません。
 ただ、会いたいのです。
 会って、その人が元気であることを確かめたい。幸せな人生であったらしい、ということを確かめたいんですね。
 そして、もうひとつ。もしかしたら、これがいちばん大事かもしれないのですが、

 どうやら幸せらしいその人の人生の中で、
 自分という存在が、けっして小さくはない位置を占めていたようだ。


 ということを確かめたいのですね。
 そんなふうに思える人がいるというだけで、それは、人生の宝物のようなものだ、と筆者は思います。たとえ「もう一度」がかなわなかったとしても――です。
 そしてもし、運よく「再会」できたその人の口からこういう言葉を引き出せたら、「吾輩の人生も捨てたものじゃなかったわい」と、満足できるだろうと思います。

   わたし、思うのよ。もし、あなたと一緒になっていたら、
   どんな人生を送れてたかしら――って。


 あるいは、あからさまに、

  わたし、やっぱり、あなたと一緒になってればよかったわ。

 とか――。
 しかし、そんな感じ方をするのは、どうやら男だけらしいのです。

ふくろう
男は「過去」を「永久保存」し、女はそれを「上書き」する

 女性は、一般に、「過去の愛」を引きずらないと言われています。「昔、関係のあった男と、もう一度、会いたい」というモチベーションそのものが、女性には存在しない、とも言われています。
 なぜか?
 その理由を、動物学者などはこう説明しています。

  メスは、その体に子孫を宿す性である。
 新しいオスと結ばれると、古いオスとの関係は、きれいに清算される。
 そうしないと、体に宿した子どもに危険が及ぶからである。
 一方、オスは、精子をできるだけ広範にバラ撒きたいという性である。
 一度でも関係のできたメスは、いつまでも自分のテリトリー内に留め、
 そのテリトリーの広大さを誇示しようとする。

 身もふたもない解説ではありますが、言われてしまうと、「確かにそういうところはあるかもなぁ」と思う解説でもあります。
 歌の世界を眺めても、いつまでも別れた女を想って、「泣いてはいないだろうか?」「幸せでいるだろうか?」などと、未練たらたらな想いを歌うのは、たいてい「男唄」です。一方の女はと言うと、「過去の男」ではなく、「いま想う相手」に向かって、「振り向いてほしい」「好きと言ってほしい」という希求を歌っているケースが多いように見えます。
 少なくとも、「過去の恋」をどう整理するかについては、男女の間には遺伝子的な差異が認められるようです。簡単に言うと、

 男は、「新しい恋」が始まっても「過去の恋」をフォルダーに「別名保存」し、
 
女は、「新しい恋」が始まる度に「古い恋」を「上書き」する。

 です。
 女の場合は「上書き」ですから、その段階で、「古い恋」は「メモリー0」になってしまうわけです。
 そういうわけなので、「生きているうちに、もう一度、会っておきたい」と思う気持ちを抱く傾向は、男性のほうが強い――と申し上げていいかと思います。ただし、それは、あなたと会わなくなった後で「新しい恋」が始まっていれば――の話です。
 彼女のあなたへの想いが「未成就」のままであり、その後、「新しい恋」が始まっていなければ、男性同様、彼女の中にも「もう一度会いたい」という気持ちは、生き続けていると思っていいだろうと思います。

ふくろう
「思い出」は、美しいままに記憶しておいたほうがいい

 「もう一度」に関する、男女の性差についてはこれくらいにしておいて、さて、本題。
 この「もう一度」は、ぜひとも実現すべきものであるのか?
 それとも、ただ願うだけにしておいたほうがいいのか?
 私見を述べさせていただけるなら、

 すべて、運命にまかせよ。

 です。
 もし、運命がふたりを導いてくれるなら、ふたりは、この世のどこかで再び巡り合う機会を得て、

  エッ、もしかして、〇〇さん?
  そうだけど、エッ、△△ちゃん?
  ワァ、久しぶりィ! 変わらないわねェ。
  キミも変わらないねェ。元気だった?
  ウン、元気よォ。〇〇さんも元気そうねェ。
  ま、そこそこ元気だよ。なんだかリア充な暮らししてるみたいだね。
  リアルは、まぁまぁ充実してるわよ。〇〇さんは?
  ウン、ボクもまぁまぁ。足りないものがあるとすれば、△△ちゃんの笑顔かな。

 などと笑みを交わし合うことになるかもしれません。
 そこから何かが始まるか、それとも、「じゃ、また……」と手を振って別れるだけに終わるか――それは、神のみぞ知るです。
 しかし、そんな機会は訪れないままに、人生を終えることになるかもしれません。
 私は、それでいいと思っています。

 それを、「何とかもう一度会えないものか」と、無理やり「再会」を企てたりすることは、私は止めておいたほうがいいだろうと思います。
 そうして無理に果たした「再会」は、失望のうちに終わる可能性がきわめて高い。少なくとも、私の経験はそう語っています。
 ムリもありません。時間というものは、残酷に、おたがいの顔から、体から、そして動作やものの言い方から、かつての輝きを奪っていきます。せっかく美しくキープしていた思い出を、台無しにしてしまう危険性もなきにしも非ず――だからです。
 「もう一度会いたい人」は、水彩画のように心の中に留めておいたほうが、心の財産になる。
 私はそう思うのですが、みなさんはいかがでしょうか?

支配人の近著です


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Re: No title

めのめの

コメント、ありがとうございました。
共感いただけたようで、ホッとしました。
私は、けっして未練がましい男ではありませんが、
「思い出が心の片隅を照らす(『追憶』の歌詞です)」
というような人生を送っております。

哲雄

No title

確かにそうですね。
男性に依存しやすい一部の女性は過去の男性も大切に思っているようですが、
まあ、多くの女性は今と先を見て生きているようです。
思い出を重要視しないのが女性なのかもしれません。
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