70過ぎても働く。その理由と意味について

バナー小

 「晩友」&「コミュニティ」   11 

砂丘のふたり
「生涯、現役!」を唱える人たちがいます。
どんなに歳をとっても、人間という生きものは、
社会と何らかの繋がりを維持してないと、
「生きている」とは言えないと思うらしいです。
そのためには、何か仕事をしていたい。
さて、その仕事が、はたしてあるのかというと——。



 65歳になると、企業ではたらく人たちは、たいてい、「定年」を迎えます。
 後は、悠々自適に、やりたいことだけをやって過ごそう。そう考える人たちもいるかもしれません。たんまりと退職金を支給され、それだけで悠々と暮らせるほどの年金を支給されれば、そういう老後もありか――と、支配人・長住も思います。
 しかし、それができるのは、一部上場企業や官公庁で定年を迎えた恵まれた人々だけ。中小零細企業で働いていた人や自営業でガンバってきた人たちは、そうはいきません。
 中小零細企業にはピンからキリまでありますが、中には、社会保険未加入という会社もあり、退職金だって雀の涙ほどしか出せないという会社もあります。
 自営業者の場合は、もっと大変です。自営だと、年金は国民年金に加入することになるわけですが、満額支給されたとしても、平成29年度でその額は77万9800円。月額に換算すると、6万5000円弱にしかなりません。
 受給者が2人いれば(夫婦で受給)ともかく、単身では、とても生活できません。足りない分は、仕事して補うしかない。70になっても、80になっても、何かしら仕事をして生計を立てるしかないわけです。
 格差社会の「貧」の側に属する老後には、「悠々自適」なんぞという言葉は、存在しないと考えたほうがいいだろうと思います。

カラス70過ぎても、働かなくてはならない理由、働きたい理由

 働くのはいいとして、はたして、その仕事があるのか?
 そこが最大の問題です。
 正直に申し上げると、これは、そんなに簡単な話ではありません。少なくとも、就職してどこかのオフィスで働くなんてことは、この年齢ではムリです。いくら求人誌を眺めても、そんな求人案件は見つかりません。
 あるとしたら、パートやアルバイトという形での非正規労働のみ。そして、ここが肝心なのですが、そういう仕事は、ほとんどが、あなたの学歴や仕事人として積み上げてきたキャリア、獲得してきた社会的地位……などには、まったく見合わない仕事ばかり、と思ったほうがいいだろうと思います。見合わないどころか、それまであなたが、「あんな仕事、やりたくない」と見下していたような仕事しかないかもしれません。
 たとえば、工事現場などでの夜警の仕事、集合住宅の管理人や駐車場や駐輪場の管理人、駅やビルや広場の清掃の仕事……などなど。
 そこで、「バカバカしい。そんな仕事をやってられるか」と思うようでは、老後の仕事にありつくことは、むずかしい。これは、支配人が自らの体験を通して実感したことでもあります。
 ここは、仕事についての考え方を改める必要があります。それを、年齢階層別に表してみると、平均的には、こんな感じになるかと思います。

働く目的は、こう変わる
年齢階層目標追求するもの得られるもの得られる満足
20~30代自己(or夢)実現成功・収入社会的評価燃焼感
40~50代生活(人生)の充実地位・資産家族・社会からの感謝達成感
60~70代社会への還元・奉仕健康・安心社会とのきずな生きがい

 簡単に言うと、若いうちは「自分のため」に働き、年齢を重ねるにしたがって、それが「家族のために」⇒「社会のために」と変化していく。それが、ごく自然な、人としての一生の過ごし方と言っていいか――と、支配人・長住は思っています。
 もちろん、このライフ・サイクルは、人によって違います。若いうちに「社会のため」に目覚め、ボランティア活動などに身を投じる人もいるかもしれません。逆に、歳をとってなお、自己研鑽に励み、成功を手に入れようとする人もいれば、会社という組織の束縛を解かれて、初めて自分のやりたかったことに目覚め、夢に着手するという人もいるかもしれません。
 なので、仕事と人生の関係は、人それぞれなのですが、大きく平均的にまとめると、こう言ってもいいかと思います。

 人は、若いうちは、社会から何かを得ようとして働き、
 歳をとると、得たものを社会に還元しようとして働く。


 高齢の域に達してからの仕事は、この精神、「還元しようとして働く」を意識して探すと、案外、「何をすればいいか?」が見つかるかもしれません。

カラス「老人力」を活かす「シルバー人材センター」の仕事

 私の場合は、65歳を迎えて「シルバー人材センター」というところに登録しました。この組織は、全国の主要都市にある「公益社団法人」で、60歳以上の高齢者を会員として抱え、仕事を紹介すると同時に、地域の活性化を図る――ということを、活動の理念にしています。わかりやすく言うと、「老人力」を活用して「地域の活力」を高めようという活動を行う組織、ということになるでしょうか。
 この組織で紹介している仕事は地域によって異なりますが、中には、みなさんがよく目にするおなじみの仕事もあります。私が居住している地域の場合だと、代表的なものとして、こんなのがあります――。

[駐輪場の管理員] 公営の駐輪場に勤務して、自転車の誘導、整理、駐輪料金の請求などに当たる仕事です。

[放置自転車防止指導員] 放置自転車をなくすために、駅前などに立って不法駐輪に警告を発し、駐輪場に誘導したりする仕事です。

[公共施設やビルなどの清掃作業] 清掃員として、屋内・屋外の清掃作業に従事する仕事。

[公園などの除草・植木剪定などの作業] 公園・公共施設などで、除草や剪定などに当たる仕事。剪定作業には資格が求められます。

[各種生活支援サービス] 介護や支援を要する高齢者の個人宅に赴いて、屋内外の清掃、庭の草むしり、買い物、炊事などの家事の支援を行う仕事です。

[その他] ごく少数ではありますが、各種教室での講師、経理……などの仕事もあります。ただし、就業のチャンスはきわめて稀。

 これらの仕事は、常時、就業が保証されているわけではありません。中には、まれにしか発生しない仕事もあり、1カ月に数千円にしかならない業務もあります。駐輪場の管理員や放置自転車防止員は、月に10~15日の就業が可能ですが、それでも、得られる報酬はせいぜい月に4万円台程度。
 それだけで生活費を確保するというレベルには達しない――というのが実情です。
 「もっと働きたい」という希望者もいるかもしれませんが、同センターでは、「仕事は、できるだけ、希望する人たちに平等に分配する」という「ワーク・シェアリング」の原則を貫いているため、それ以上の収入を期待する人には、向かないシステムかもしれません。
 足りない分は、週に何日か、何かのパートなどで補うしかありません。
 それでも、何もしないで家に閉じこもっているよりはまし――と、筆者は思います。それに、こうした仕事に就くことには、もうひとつのメリットがあります。

カラス「仲間」が見つかる、「生きがい」が見つかる

 「収入」という面ではもの足りなくても、少ない仕事をみんなで分け合って働く――というスタイルをとることには、ひとつの意味があります。
 それは、「孤立」を防げるというメリットです。筆者も、「放置自転車防止員」の仕事に従事して、週に4~5日、街頭に立っていますが、この仕事は通常、7名1組のチームを組んで行います。半年間、チームとして行動を共にするうちに、メンバーの間には、おたがいを気遣う仲間意識のようなものが芽生えます。ときには、そんな中から飲み仲間が生まれたりすることもあるようです。
 ま、飲み仲間はともかくとして、気遣ってくれる仲間ができるということは、特に、単身の高齢者にとっては、少なからぬ意味を持ちます。しかも、この仲間は、出世を競い合ったり、利益を分捕り合ったりする仲間ではなく、仕事を分かち合う仲間です。仕事中は、常に他のメンバーの姿を視界に捉え、体調を崩してないか、トラブルに巻き込まれてないか――などに、気を配ります。
 ただ、仲間が作れるというだけではありません。こういう仕事は、自治体などでは「市民サービス」の一環として位置づけられています。つまり、高齢者がそれまで蓄積してきた知識や社会的スキルを社会に還元する仕事でもあるわけです。
 これらの仕事を「社会への奉仕」という意識を持ってやっていれば、「いつもご苦労さまです」などと、市民から感謝の言葉をかけられることもあります。「自分は社会では、何の役にも立ってない」という高齢者の無力感疎外感も、その瞬間、いくぶんかはやわらぐだろうと思います。
 そのためには、「こんな仕事」と「イヤイヤやる」のではなく、「少しでもみなさんの役に立てればうれしい」という気持ちで取り組むことが大事。70になっても、80になっても働く――というときには、その意識が重要、と支配人は思います。

支配人の近著です

   「晩友」&「コミュニティ」目次ページへ    トップページに戻る 

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 生きる
ジャンル : ライフ

コメントの投稿

非公開コメント

No title

間違いなく人間は社会と隔たっては元気に生きてはいけません。
人と隔離されて過ごすのはとても辛いことです。
社会での活動が社会貢献とまでいければ、さらに生きがいを感じられますね。

初めまして

初めまして、中森ユウジというペンネームでブログを書いている者です。
近年ではめったに開けない唯一参加しているコミュから覗いてしまいました。

面白い記事をたくさん書かれていますねぇ~。

私も希望定年(60歳以上65歳までが可能)が出来るようになるまであと1年半なんですよ。

定年後の仕事ですかぁ~、ある意味考え方ではないですかね。

我家は一人息子が独立しすでに家庭も持っていまして、これが私の住む場所とは大きくかけ離れた地で暮らしているんですよ。
私としては少々不安ながらも(特に孫が気になって・・・)自分たちで生計が成り立つ状態です、ようはもう親の助けはいらない状態なわけです。

さて子どもの手助けをする必要のなくなった私たち夫婦、30年以上愛知県在住ながらも私も女房も実家は北海道(同郷)。
共に両親健在ながらもどちらの親もすでに80歳以上。

私は長男でして実家に住んでいるのは両親のみ、当然死ぬ前には帰らなければならないわけです(私がそう思っている)。
家もあれば土地もあるわけですし、ウチの親に「お前が帰って来なければここはどうするよ」っと言われてますからねぇ~。

年老いた親と一緒に住むことはぜんぜん気にしていませんし、ウチの女房も自分の実家が近くなるから反対はしません。
でもその歳になって新たに仕事を探す自体が難しいのに(ましてや北海道の片田舎)、ようはどうやって生活して行くか(収入を得るか?)ですよね。

楽観的な言い方をさせてもらうならば、

なるようになる!

ですかね。

ようは、私と女房の二人で生きて行けるだけの経済力があれば良いわけで、ウチの両親は少ないながらも年金生活でも困らない生活をしています。
つまり私達夫婦の金銭的助けは必要ないんですよ。

じゃ~私たち夫婦は?、

これと(両親と)同じことをすれば良いのではないでしょうか?。
難しいことを考える気はありません、身体が動くならば安い給料であっても(もちろん仕事によりけりですけど)二人で食って行ければ良いと思っています。
まだ将来住む場所(借家等ではなく)がはっきりしているだけ私はマシだと思っています。

先々のことを考えるのは悪いことだとは思いません。
でも親には申し訳ありませんけど、近い将来たった二人だけになる中で、多少なりとも少ない収入で自分たちの好きに生きて行ければそれで良い!っと考えるのも悪くはないのではないでしょうか?。

楽観的過ぎですかね。
本日までのご来場者数
数あるclubのなかから当clubにご訪問いただき、ありがとうございます。

現在の閲覧者数:
Editing Staff
ピアノ

       編集スタッフ     

編集長 長住哲雄……主に実用書を手がけるエッセイスト&編集者。
通信員
・大北皓――西日本担当
・永沼千恵――北日本担当

         画像協力    

写真をお借りしました
・写真素材・足成
・フリー素材のpro.foto
イラストをお借りしました
・無料イラスト素材集【素材Good】
・無料イラスト配布マンガトップ

Thanks for Co-operating
当ブログの取材・編集にご協力をいただいた企業・団体、本ブログの考え方を理解して、支援してくださる企業・団体のみなさまです。ありがとうございます。

ビーグル

   仲間が見つかるコミュニティ   
★「ご縁カフェ・まつばR」

★「昼カラオケ 居酒屋みんと」

《PR》

お気に入りリンク集
訪問者はどちらから?
最新コメント
月別アーカイブ
お問合せ・投稿はこちらから
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR