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「もう一度会いたい」と思える人がいる幸せ





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 灰になるまで恋シチュー   04 

手と手
生きているうちに、もう一度、会いたい。
あなたには、そう思える人が、
だれかいるでしょうか?
そういう人とは、何としても再会する機会を作って
かつての想いをよみがえらせるべきなのでしょうか?
それともそれは、
思い出の中に封印しておくべき?




 もちろん、ここで言う「だれか」というのは、「異性の」ということです。
 正直に申し上げると、支配人・長住にはいます。ひとり……いや、ふたり、もしかしたら3~4人ぐらいはいるかもしれません。
 それは、どういう女たちか――というと、元・カノだったり、心許せる異性の友だちだったり、かつての部下であったり、想いを寄せたものの実らなかった片思いの相手だったりするわけですが、そういう女性たちともう一度会って、どうにかなりたいなんぞと思っているわけではありません。
 ただ、会いたいのです。
 会って、その人が元気であることを確かめたい。幸せな人生であったらしい、ということを確かめたいんですね。
 そして、もうひとつ。もしかしたら、これがいちばん大事かもしれないのですが、

 どうやら幸せらしいその人の人生の中で、
 自分という存在が、けっして小さくはない位置を占めていたようだ。


 ということを確かめたいのですね。
 そんなふうに思える人がいるというだけで、それは、人生の宝物のようなものだ、と筆者は思います。たとえ「もう一度」がかなわなかったとしても――です。
 そしてもし、運よく「再会」できたその人の口からこういう言葉を引き出せたら、「吾輩の人生も捨てたものじゃなかったわい」と、満足できるだろうと思います。

   わたし、思うのよ。もし、あなたと一緒になっていたら、
   どんな人生を送れてたかしら――って。


 あるいは、あからさまに、

  わたし、やっぱり、あなたと一緒になってればよかったわ。

 とか――。
 しかし、そんな感じ方をするのは、どうやら男だけらしいのです。

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テーマ : 大人の恋愛
ジャンル : 恋愛

「終わり」を予知しているからこそ、「いま」が美しい

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 晩年の哲学   13 

哲学先生 
あらかじめ「死」を予定に組み込むことができる
唯一の生きもの、それが人間です。
「死」を予定した上で「いま」を生きる。
ほんの束の間にすぎない「いま」という時間を
人は、何のために生きればいいのでしょう?




 「数値、高いですねェ」と、医者は言うのである。
 「このマーカーの数値は、ガンである確率が50%という数字です。私は、生体検査をお受けになることをお勧めしますがね」
 まだ若いその医者は、努めて冷静に、血液検査のデータを解説してみせた。
 不思議なことに、驚きもしなければ、動揺もなかった。
 で、その検査とやらを受けて、悪性の腫瘍が見つかったとして、どうするわけ?
 腫瘍を切除して、抗がん剤やらなんやらでガンと闘って、5年やそこら、寿命を延ばして、それで……「ああ、よく闘った」と満足して、結局は死ぬ?
 そんなことに意味があるのか――と、心底思うので、「ま、一応、考えてみます」とだけ答えて、病院を後にした。

 あ、これ、つい最近の話です。
 どうも、夜中にトイレに立ちたくなる。「やれやれ、歳だな。夜間頻尿かよ」と思っていたら、そのうち、その尿がなかなか出てこなくなった。尿意はあるのに、いざ、トイレに立っても、尿はポタポタ……という感じでしか出ない。
 いわゆる「排尿困難」ってやつだな――と、エコーで検査してみたら、ご多分にもれず、見事な「前立腺肥大」。そのときの血液検査で、マーカーの数値が高いという結果が出て、前出の医師の診断となったわけです。
 その肥大がガンによるものであるかどうかを調べるために、大腸から針を刺して組織を採取し、生体検査をしてみてはどうか――と、医師はしきりに勧めるのですが、私には、あわてて検査を受ける気は、ショージキ、ほとんどありません。
 ガンならガンでもいいや――というのが、正直な気持ちです。
 強がっているのでも何でもありません。
 高齢者と呼ばれるこの年齢まで生きてきた身としては、いつどうなっても、「そろそろいいんじゃないか」と思ってもいるからです。

男アイコン1
「死」を予定に組み込むことのできる唯一の存在=人間

 つまらない話をお聞かせしてしまいましたが、実はこれ、私の死生観にも関わる話なんですね。私は、こう思っています。

 人とは、いつか死ぬために、
 束の間の一生を与えられて生まれてくる生きものである。


 たとえ60年しか生きなかったとしても、85年生きたとしても、それは「束の間」にすぎない――と私は思っています。
 「人」とは何か――と問われたら、私は、間違いなくこう答えるでしょう。

 人というのは、自分が死ぬことをあらかじめ承知した上で、
 「生きる」ことを考えることのできる、地上唯一の存在である。


 「死」をあらかじめ自分の予定に組み込むことができる――というのは、人間の特典。それが5年や10年、早くなろうが遅くなろうが、恐れたり悲しんだりする必要はないじゃないか、と筆者は思うわけです。

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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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